中村勘九郎が激やせ?家系図が凄かった?父親は中村勘三郎?

歌舞伎俳優として人気を集めている中村勘九郎さんが激痩せしているという噂が最近ネットで話題になっています。

去年も同じ様な噂が流れていた中村勘九郎さんですが、今回はその真相をまとめてみました!

中村勘九郎が激やせしてる?原因は大河ドラマの韋駄天のせいだった?

ネット上で中村勘九郎と検索すると「中村勘九郎 激やせ」というワードが真っ先にヒットします。その他にも「中村勘九郎 病気」というワードも!しかし、その真相は一体どうなのでしょうか?

日本初の五輪マラソン選手、金栗四三(かなくり・しそう)を演じる主演の歌舞伎俳優、中村勘九郎(36)は「『こんな大河見たことない』と言われるような最高の作品を作りたい」と宣言。

今年1月から“肉体改造”し体重は落とさず体脂肪だけ落としたという。「今は体脂肪率11%。がっちりした肉体作りを行っています」と日に焼けた顔で語った。

度々激やせという噂が流れている中村勘九郎さんですが、痩せた原因は病気ではなく来年放送される大河ドラマ、いだてんの役作りの為という事でした。

この大河ドラマでは酷暑の中でマラソンランナー役の撮影や歌舞伎の公演などでのハードスケジュールも重なりこの様な噂が流れたみたいです。来年の大河ドラマの放映が楽しみですね。

スポンサードリンク

中村勘九郎の家系図が凄かった?

では、まず中村勘九郎さんのプロフィールをご紹介していきたいと思います!

六代目 :中村 勘九郎(なかむらかんくろう)
屋号: 中村屋
生年月日 :1981年10月31日(37歳)
本名 :波野雅行
襲名歴 :1. 二代目中村勘太郎 2. 六代目中村勘九郎
出身地: 東京都
身長:174㎝
血液型:O型

フジテレビ独占取材のドキュメンタリー番組、中村屋ファミリーSPなどでご存知の方は多いのではないでしょうか。本名は中村では無く実は波野さんという事でした。

歌舞伎の舞台以外にも俳優活動を行っている中村勘九郎さん。2017年には銀魂の実写版映画で近藤勲役として出演し、話題になりました!

そしてこちらが中村屋の家系図なのですが、中村勘九郎さんは6代目となっています。そして弟の中村七之助さんが2代目です。

妻は女優の前田愛さんで、中村勘九郎さんは二児のお父さんでもあります。

二人とも双子の様にそっくりでお父さん似ですね。

歌舞伎俳優の家系に生まれると、1歳や2歳の頃からすでに歌舞伎の稽古をはじめるそうなので、物心つくころにはそれが当たり前となっているのでしょう。

まだ幼い二人ですが、厳しい指導を受け歌舞伎の舞台に立っています。これからの活躍が楽しみです!

中村勘九郎の父親は中村勘三郎なの?

家系図にもあるように中村勘九郎さんのお父さんは中村屋18代目の中村勘三郎さんです。

中村勘三郎さんは5代目中村勘九郎という襲名歴もあります。そして母方の祖父は七代目の中村芝翫さんに当たります。

中村芝翫さんさんは歌舞伎の名女形で人間国宝にもなった凄いお方でした!

ちなみに中村勘三郎さんはどういう人物像だったというと・・

野田秀樹や串田和美などの現代劇の演出家と組んで、コクーン歌舞伎や平成中村座を立ち上げた。これは歌舞伎をもっと若者に観てもらいたいという思いから。その存在感は、歌舞伎はもちろん、テレビドラマや映画でも圧倒的だった。

「まさに男が惚れる男でした。現代劇のドラマや映画に出演しても、セリフの一言だけで格好いい。歌舞伎で培った芸が、多くを語らずとも滲み出てくる。そんな印象を受けましたね」(同志社女子大学メディア創造学科教授・影山貴彦氏)

多くの女性と浮き名を流したモテ男でもあった。桑田佳祐や明石家さんまと同学年。もし生きていれば、歌舞伎界はもっと面白くなっていた。

中村勘九郎のお父様は物凄い偉大な方だったんですね。

スポンサードリンク

中村勘九郎の父親(中村勘三郎)の死去した原因はエイズ?急性呼吸窮迫症候群だった?

中村勘九郎さんのお父様、中村勘三郎さんは2012年12月5日に57歳という若さでこの世を去りました。あまりにも早すぎる別れに様々な人々が涙し、葬儀・告別式には1万2000人もの人々が参列したそうです・・・。

しかし中村勘三郎さんはどういう経緯でなくなるに至ったのか、その原因を調べてみました。

5月30日、57回目の誕生日を迎え、翌31日に平成中村座ロングラン公演千秋楽。長期公演を無事成功させ、その後に受けた健康診断で、初期の食道癌に罹患していることが判明したため、6月18日、年内の演劇活動を停止し療養に専念することを発表した

2012月の5月に食道癌が発覚し翌年には演劇活動を停止していました。その後抗がん剤治療受け自ら主催するゴルフコンペで準優勝するほど回復した中村勘三郎さん。

7月には12時間にも及ぶ外科手術を受けたそうです。翌日には病院内の廊下を歩けるほど回復したそうですが、三日後には急性呼吸窮迫症候群でお亡くなりになりました。

中村勘九郎の父親(中村勘九郎)の最期とは?その真実と原因を解明!

では一体何故、抗がん剤治療を終え、手術後も順調に回復していた中村勘三郎さんは突如なくなるに至ったのでしょうか?
その真実を調べてみました。
まず、なくなる原因となった急性呼吸窮迫症候群とは?
「急性呼吸窮迫症候群」とは、一般的にARDSと言われています。簡単に言うと”肺の損傷”であり、外傷や大量輸血などを行うと発症されるようです。
今回中村勘三郎さんは、食道癌の治療により免疫力が低下してしまい、肺がウイルス感染してしまったことが原因で急性呼吸窮迫症候群を患いました。
なるほど、食道癌が決定的な原因では無かったようです。その他にもこの様な理由も。
12時間ものの開腹手術ですから、当然開かれた内臓は空気にふれる時間も長くなります。
実は内臓が空気にふれると離れている臓器との癒着が起こりやすくその為の合併症も多くあります。
それと、食道と気管支は隣接してますから、気管支に支障がきやすくなり、その為の肺炎を併発するのです
抗がん剤の副作用として免疫力が低下するのは分かりきった事であったのではないのでしょうか。
では何故中村勘三郎さんの免疫力が戻るまで待たずに手術に至ったのでしょう?
消化器系の病気に詳しい吉祥寺セントラルクリニックの矢端正克院長によると・・
「12時間という手術時間から考えると、かなり進行していたのかな。または、転移がかなりあったのかな、と推測はできます」
食道がんの場合、普通は6時間前後だという。手術時間が長ければ長いほど、呼吸不全といった合併症になる危険性は高まるとし、勘三郎さんの場合も、手術が原因でなったとも推測されるとした。新潮などは人工肺を着けていたと報じており、矢端院長は、それが長引くと肺機能が衰え、どんなベテランの医者でも手に負えなくなると指摘した。
やはり癌は深刻に進行しており他に打つ手が無かったのかもしれませんね・・・。
中村勘三郎さんはがんでおなくなりになったのではなく、手術の合併症という事でした。非常に残念です・・。

若くしてなくなってしまった中村勘三郎さんですが、天国で中村勘九郎さんやお孫さん達を見守っている事でしょう。ご冥福をお祈りいたします。

スポンサードリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)