千原ジュニアの事故前の顔が怖すぎ韓国人?事故直後のヘルメット写真詳細

多くのお笑い番組に出演している千原ジュニアさん。今回は、千原ジュニアさんのバイクの事故について調査してみました。

千原ジュニアの事故前の顔が怖すぎ!?写真。

テレビで見ない日がない程に活躍している千原ジュニアさん。実は過去に命が危うかった経験をされています。

2001年、オートバイ事故を起こして、前頭骨骨折、鼻骨骨折、下顎骨骨折、頬骨骨折、

上顎骨骨折、眼窩底骨骨折、眼窩内壁骨折、おでこの神経を切る重傷を負って生の境をさまよう

顔に集中してけがを負ったことが分かりますね。病院に運ばれた際には、顔がぐしゃぐしゃで目も出ていたとのこと。

ここまで大きな事故に遭ったにも関わらず、千原ジュニアさんは事故の瞬間を覚えていると語りました。

タクシーとぶつかりそうになった瞬間、『倒した方が安全やけどもう1回タンクに(オイル)入れなあかんな』と頭をよぎり、

倒さずにいったところ、ガードレールに激突。「鼻がグシャってなった」。

「あー!」となった瞬間、気がつくと「ダーッって流れてて『マジかよ』と」。

とりあえず立ち上がろうとしたが、全く立ち上がることはできず、もう一度意識が消え、その次に意識が戻った時は手術台の上だった

大けがを負う事故だったものの、手術を行い一命を取り留めた千原ジュニアさん。しかし、事故当時の顔を見た千原ジュニアさんは絶望したと言います。

「顔、こんな(くしゃくしゃ)になってて、眼底骨折で目がこんな(左右が上下に離れて)で、歯はないし。

もう表には出れないな、と思った」と芸人復帰を諦めたという。

しかし、一緒にコンビを組んでいた兄の千原せいじさんの励ましもあり、事故から約1年後に芸能界に復帰を果たします。

現在の顔は、事故当時のぐしゃぐしゃな顔を整形したものとのこと。であれば、事故前の元々の顔が気になるので調べてみました。

こちらが事故前の千原ジュニアさんです。「お笑いのジャックナイフ」という別名をつけられましたが、いかにも悪そうな顔をしていますね。

現在でも千原兄弟は似ていますが、兄弟なだけあって整形前は瓜二つといってもよいのではないでしょうか。

千原ジュニアの事故前は韓国人だった!?

整形される前の千原ジュニアさんは、目が細くパーツが顔の中心に寄っているため日本人らしく見えにくいのが特徴です。

現在に比べると尖った雰囲気もあり、「お笑いのジャックナイフ」に名前負けしない人相をされているように感じます。

そのため、千原ジュニアさんについて「在日なのでは?」という声が上がっていますが、現在は手術の影響で優しそうな印象があります。

最近では、多くの芸能人の在日疑惑について話題ですが、千原ジュニアさんは一体どうなのでしょうか。

調べてみたところ、在日疑惑について千原ジュニアさんは特にコメントされていませんでした。そのため、真相は分かりません。

芸能界には多くの海外出身の方がいるため、千原ジュニアさんが韓国人でも不思議ではありません

千原ジュニアの事故の詳細写真。原因は何?

千原ジュニアさんが事故で大けがを負ったのは、2001年のことでした。当時27歳で関東中心に活躍していました。

自前のバイクで帰路を急いでいたジュニア。道中、一台のタクシーと衝突寸前になります。

瞬間、彼の脳裏によぎったのは「愛車を傷つけたくない」という思い。

その気持ちが「バイクを倒す」という選択を躊躇わせ、ハンドルを切って避けたところ、猛スピードのままガードレールに激突。

この時、顔面が石柱に激しく打ち付けられたため、鼻が「グシャ」っと曲がります。

あごは二つになり、左頬と前頭骨を骨折、おでこの神経は切断。

さらには、眼球の受け皿である眼窩低などを骨折したことにより、眼球が下がっていたという

どうやら、千原ジュニアさんが事故の原因は、バイク愛にあったと思われます。

他にも、千原ジュニアさんは、バイクにオイルを入れることを考えていたと公言されていました。

バイクを思う気持ちから大事故につながってしまったのですが、その代償は大きなものでした。

事故後、すぐに手術を行って入院された千原ジュニアさんは痛々しい姿になっていました。

事故直後、傷ががすごく意識を失ったという千原ジュニアさんですが、この傷が事故の被害の大きさを物語っています。

顎の骨が二つになってしまっていることが分かります。目や頬にも骨にヒビが入っています。

これを見た千原ジュニアさんは、表舞台での活躍をあきらめていたようです。

一方で兄である千原せいじさんは、大事故後に生きた弟を見て売れることを確信したと話していました。

千原ジュニアの事故直後のバイクのメーカーはどこなの?

千原ジュニアさんの事故は、本人の話からしても確実に判断ミスの事故になります。

千原ジュニアさんといえばバイクや車の旧車好きでも有名です。当時は一体どのようなバイクに乗っていたのでしょうか。

事故当時について調べましたが、一切当時のバイクについての詳細はありませんでした。

バイクのメーカーにこだわりを持つ方も多いのですが、千原ジュニアさんは特にこだわりがないとのこと。そのため特定は難しいようです。

事故当初は、多くの方に迷惑をかけたという理由からバイクを乗らないようにしていたとのこと。

しかし、番組の企画でバイクを運転することになって、バイク愛に再び目覚め2012年から「カワサキ・Z1」に乗り始めました。

千原ジュニアが事故で助かったはヘルメットのおかげ!?

バイク乗りにとってヘルメットは必需品です。体がむき出しな分、大事な部分を守るために様々な種類が発売されています。

ハーフ形・スリークォーターズ形・オープンフェイス形・フルフェイス形がありますが、当時使われていたのはハーフ形だったとのこと。

半球形、半キャップ、お椀形とも呼ばれる。気軽に被れ、価格が安いのが利点であるが、保護範囲が狭いのが欠点であり、

特に側頭部への衝撃が致命傷になりやすい(耳の上方にあたる部分の頭蓋骨は比較的薄い)。

少し見ただけでは、安い以外の魅力を感じることができません。しかし、ハーフ形だったからこそ一命を取り留めたようです。

顔に大けがをした千原ジュニアさんを診た医者は、傷についてこのように話していました。

ヘルメットが半キャップではなく、フルフェイスだったら顔にキズ付はなかったが、衝撃が全て首にかかり危なかっただろう。

顔全体を覆うことによって安全を確保しているフルフェイスだった場合、どのような欠点があるかを調べてみました。

顔面や頭部への損傷は防ぐことができるが、頸部への負荷がかかりやすく脊髄損傷や呼吸困難などを引き起こす恐れもある。

首には多くの神経が通っています。また、衝撃から頭を保護するために丈夫に作られたフルフェイスは、首に負担が掛かってしまいます。

それを考慮すると、石柱にぶつかった衝撃は顔ではなく首に響き、骨が折れる可能性があります。

九死に一生を得ることが千原ジュニアさん。本当に売れるために生き残ったのかもしれませんね。

千原ジュニアの事故と仰天ニュース!

千原ジュニアさんの事故は、ドキュメントバラエティ番組『ザ!世界仰天ニュース』に取り上げられていました。

現在は知名度が高い千原ジュニアさんですが、当時の事故を知らない方も少なくありませんでした。

取り上げられた内容は事故だけではなくお見舞いに来てくれた芸人の方や、千原せいじさんの対応にも注目されてました。

中でも、千原せいじさんが見せた男気溢れるお兄さん的対応が評判だったようです。

千原せいじさんは、他の芸人の方々がお見舞いに行く中、あまり病院に顔を出さなかったとのこと。

「俺がいてもけがの具合が良くなるわけではない」という理由から千原せいじさんは『千原兄弟』として仕事に励んでいました。

一見冷たいようにも見えますが、弟の復帰を信じて活動する千原せいじさんの行いに感動した方が続出したと言います。

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2019.02.12

千原ジュニアのお気に入りバイクメーカーと車コレクション!

千原ジュニアさんは元より旧車が好きなようです。また、バイクだけではなく車も旧車のものが好きとのことでした。

事故以来、バイクに乗っていなかった千原ジュニアさんですが、現在はバイクも復帰されてバイク関係の番組に出演することもあります。

その際に紹介されたのは、2001年の事故以降に買われた最初のバイクである『kawasaki Z1』です。

1972年~1976年までの間でしか製造開発されていない絶版者の王様

当時のkawasakiバイクの中で変わり種のような存在だった『kawasaki Z1』は、不人気故に早い段階で絶版したと言われています。

当時は50万程度の価格だったものの、現在では旧車として価値が上がり5倍以上の値が付くこともあるとのことです。

続いては、伝説と呼ばれた『kawasaki マッハⅢ』です。

世界一の最高速を目指して早急に開発されました。乗り手を選ぶバイクでオーナーも多かったのだとか、、。

バイクに乗る方はスピード感を重視する方も多くいます。そのため、『kawasaki マッハⅢ』は人気でした。

しかし、発進時から前輪が浮く程のスピードだったために扱いづらく、命を落とす人が多かったとのこと。

続いては、バイク歴史に残る1台であるホンダ・ドリームCB750FOURです。

量産オートバイで世界初の200㎞/hを超えたオートバイである。

日本国内のみならず輸出先でも高評価を得て、国内他メーカーも追随し社会現象ともなったいわゆるナナハンブームを巻き起こした

『ホンダ・ドリームCB750FOUR』は1974年生まれとのことで、千原ジュニアさんと同い年とのこと。

また、製造されてから40年以上経つ現在でもフルノーマル車としても定評があります。

最後に千原ジュニアさんがお気に入りという『セドリック330』の紹介をしていきます。

バイク事故がきっかけで購入した『セドリック330』についてこのように語っていました。

とにかく顔が良かったんです。これが何気筒とか全然知らないですし、「コイツ顔ええやん」って感じで。

それと俺が3月30日生まれやから、それもあって、ちょうどええやん!って。勝手に、俺のなかだけの話ですけど。

運命の出会いを果たした千原ジュニアさんは、『セドリック330』に愛着があるようで、他にもこのように話していました。

もうね、棺桶にして欲しいんですよ。死んだら霊柩車にして、焼き場に330ごと突っ込んでったらええねんな、みたいな。

旧車好きの千原ジュニアさんらしい素敵な最期になりそうですね。

生死をさまよう体験をしながら、現在も元気に活躍している千原ジュニアさん。

今後も、独特のセンスで活躍していく千原ジュニアさんから目が離せません!

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